コメント

 

大地の番人は、先祖が守り抜いた地は易々とは譲れぬ。生きる為には誰に委ねれば良いのだろう。陽はまた昇る。伝える義務がある、守る義務がある。一人で生きられぬから、皆でこの大地を守る、支えがほしい。

野崎洋光(分とく山料理長)


 

ほぼ独白で綴られる映像が胸に迫る。1人の農家のつつみ隠さない心からの声は、どれだけの人の心に届くのか。1人でも多く、深くと願う。

高木美保(タレント)


 

福島の農産品が受けている被害は風評ではない。汚染という現実だ。それでも代々続いた土地を荒れ地にはできない。そう語る青年の言葉は重い。夢を耕すこともできず、苦悩を掘り返し続ける姿、あなたにはどう映るのだろう。

荒川強啓(ラジオ パーソナリティー)


 

容赦なく現実を叩きつけられました。この映画で描かれている事実を僕は知りませんでした。忘れちゃいけない、忘れてしまったら、なかった事になってしまう。それを改めて強く思いました。樽川さんの力強く、優しい眼差しを僕はこの先忘れません。

鈴木圭介(フラワーカンパニーズ)


 

この映画には、現代人、特に土に生きて来た人々の苦悩が溢れています。被爆野菜と知っても収穫し売らなければ食っていけない日本の農政の歪。消費者に嘘をついてでも被爆野菜を売らないと生きて行けない苦渋。更には、「原発は完全に安全だ」と騙し/騙されて来た起きた原発事故の大災害の結果であること。そこから一歩も逃げずに、生きるために祖先から引き継いだ大地に這いつくばってでも生きようとする、この日本人の原像を抱きしめずにはいられない気持ちにさせられました。

足立正生(映画監督)


 

フクシマという現実と向き合い東京で生活する自分と向き合えた映画です。そして、矛盾と戦う映画でもありました。

廣木隆一(映画監督)


 

怒りと無念と苦渋の先にある、伝えなければいけないこと。樽川さんは優しさと未来への希望を託す。そうか、生きていくことは手を汚すことなんだ。『俺は手を汚す』と言ったのは若松孝二だった。井上監督はしっかりと手を汚している。僕も続かなくては

白石和彌(映画監督)


 

「風評じゃねえ、現実なんだ」
原発事故後、父を自死で亡くした息子とその母が直面した苦悩、葛藤、あまりに重い現実が語られる。
この語りの向こうにはまだ声となっていないその土地で暮らす人々の言葉があることを想像した。
震災から5年。今、見るべき一本。

三澤拓哉(映画監督)


 

この映画で語られる言葉で私たちは原発事故後の福島で起こった多くの知らないことを知りました。伝えることの大切さを教わりました。今度は私たちがそれを受け継ぎ、伝えなければ。未来への一筋の希望のために。この映画を観ながら、そんなことをずっと考えていました

制服向上委員会


 

汚された大地を耕し続ける農家の告発に驚愕する。先立った父は彼らに何を想うだろう?彼らだけでなく、我々は現状を維持するのみで、本気でこの国を救う精気もなければ、捨てる勇気すらもない事を思い知らされる。

田中要次(俳優)


 

 

延々と映し出される、樽川さんの顔のアップに釘付けでした。そこには、もちろんリアルな演技や技巧といったものは一切なく、ただ愚直なまでに素直で嘘のない顔がスクリーンいっぱいに映し出されていたのです。
涙がこぼれました。彼の悲しみが私の悲しみになり、彼の悔しさや怒りが私の悔しさや怒りになったのです。

四方堂亘(俳優)


 

表情や声で感情が苦しいほどに伝染してくる。映画は画と音なのだと改めて思い知らされた。こういう人の作る作物とはどんなものなのだろうか。樽川さんの作った米を食べたい。

大澤信亮(批評家、日本映画大学准教授)


 

僕ら観客が安易に消費することを許さず、突き刺さってくる。でも決して恫喝的ではなく、心にしみいって、静かな内省と熟慮を促す。月日が過ぎて情報やデータが蓄積されても、なおいちばん大事な何かがどうしてもわからない。だから。その顔と表情を見つめる。その声と失語と沈黙に、ただ耳をすませる。

杉田俊介(批評家)


大地とともに生きている人の、痛いほどに正直な、真実の言葉。
若者からのまっすぐな質問、向き合う答え・・胸をつかれました。
この声を聴かずして、私たちに、どんな未来があるのでしょう。

斉藤とも子(女優)


※順不同

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